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マダム八江

 

たった一つのあなたの大切な人生が、

更に輝くお手伝いができましたら幸いです。 

 

 

 

 

INFORMATION

 

 南阿佐ヶ谷ウラナイ・トナカイで対面鑑定を行っております。

毎週木曜日の11:00~16:30を担当いたします。

使用している占術は、占星術、タロット、オーラ視、手相、チューニングフォークなどです。

(タロット占い10分1000円、総合鑑定20分2000円、延長10分1000円)

お気軽にお越しいただけましたら、幸いです。

 

年末年始のウラナイトナカイでの鑑定日について。

年末は12月28日(木)、年始は1月4日(木)です。

 

 

上記の時間にお越しいただけない場合や遠方の場合、カフェ鑑定やSkype鑑定も行なっております。お気軽にお問い合わせくださいませ。

エキサイトの運営している電話占いなどでも鑑定しております。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

ご予約等はお問い合わせからお願いいたします。

 

 

 

 

Weblog

人間の武器

 

 

コミュニケーションを行なっていると喧嘩になることがある。

喧嘩において、友好的なカップルと対立的なカップルの会話は違いがあることがわかっている。対立的なカップルの会話には次のようなネガティブ・コミュニケーションが見られる。

 

①悪意のマインド・リーディング…相手の言葉の奥にある心理を読むことをマインド・リーディングという。対立的な二人はお互いに相手の心理を読むとき、相手は悪意を持っていると読む傾向が強くなる。

 

②ネガティブ・インパクト・コミュニケーション…対立的な二人は、ショック度の大きいネガティブな情報交換をする頻度が高い。

 

③相互非難コミュニケーション…対立的な二人は、互いに相手を非難し合う「クロス・コンプレイニング」が多発する。相手の正当性を認める発言はない。一方、友好的な二人は、不満は言ってもお互いの行動の正当性を認める発言が多い。

 

④勝負のコミュニケーション…対立的な二人は、意見が違ったときに勝つか負けるかという戦いのコミュニケーションを行う。一方、友好的な二人は妥協点を見出し、解決を図ろうとする。

 

⑤メタ・コミュニケーションへの陥り…メタ・コミュニケーションとは、「どうしてそんなことを言うの?」など、コミュニケーションについてのコミュニケーションである。

友好的な二人もメタ・コミュニケーションを行うが、すぐに抜け出して普通の会話に戻る。対立的な二人の場合は通常の会話に戻れないことも多い。

 

⑥自己完結的コミュニケーション…自分の言ったことを自分でまとめてしまうため、相互コミュニケーションは成立しない。

 

 

以上は、人間が感情的になるとよく行われるコミュニケーションであるとも言える。

自分の感情にこだわるので、これらのコミュニケーションは自分の感情を満足させるために行われる。これらのコミュニケーションは結論が出にくい。

①は自分の不信感や怒りを相手に投影させた感情の裏読み、②は感情的な言葉使い、③④⑥は自分を優位に立たせ正当性を相手に認めさせようとする激情や不寛容、⑤は議論を混ぜかえされ堂々巡りで終わらなくなった会議や喧嘩の端緒がわからなくなった夫婦喧嘩など、自分の感情にこだわり同じようなことを主張し続け、感情のループに陥る結論の出ないコミュニケション。

 

人間も感情に支配されると、正常に機能しなくなった機械と同じなので、上記のようなネガティブ・コミュニケーションに陥った場合、リセットするため一旦その場から離れるか、相手の正当性を認めるか、あっさり引き下がり譲る行為なども有効である。

いつか弁護士の方から聞いた話で、できるならばなるべく訴訟はしない方がいいと言われたことがあった。訴訟にたとえ勝っても相手の恨みをかい、その恨みが回り巡って自分の不利益になることもあるということだった。恩恵と不利益を天秤にかけ、熟慮した方がいい。

 相手が怒るということは、その人は感情的に満たされていないということなので、「あなたのことを大切に扱っていますよ」ということを相手に示せば、多くの場合は通常のコミュニケーションに戻ることができる。

また、友好的なカップルにおける喧嘩は対話となり、お互いを成長させます。

例えば、シナストリーでお互いのライツがスクエアだったとしても、対話で互いに成長する力に変えているカップルも多くいる。

これは、自分のネイタルでスハードアスペクトに慣れていたり、使いこなしていたりすると、他人との関係においても、困難を自分の成長に使うことができるという好例であり、人間の底力だとも思っている。

夫の友人で苦学して欧州に留学したスリランカ人がいる。

欧州で差別を受けることもあった。相手が自分の話を聞かない素ぶりや、馬鹿にする様子を見せても、まるで気にしていないように根気強く冷静に、自分の話を相手が理解できるまで話し、自分の意思を通していた。スリランカという国の不安定さや、英国式の初等教育によるものも大きいと思う。彼は現在ドバイに住み大企業で活躍している。精神的なタフさはそれだけで人間の強みになる。

人間の武器は感情に任せて相手のことを罵る言葉や暴力ではなく、強い意志と冷静にそれをやり遂げる根気強さだと思っている。

 

 

芯の養生

 

サイトに「お客様の聲」を新設しました。

これから、お客様に了承を得て少しずつ増やしていけたらと思います。

 

今回、掲載したご感想。

 

 

「まず、私自身は占いに頼るタイプの人間ではありません。テレビや雑誌から流れてくる占いもほとんど見ないし、かと言って鼻で笑って全否定する方でもないのです。占いの外側にいました。

きちんと占いを受けるのは初めてだったのですが、私が隠していることを当ててみせようとか持論で説き伏せようということは決してしませんでした。

それが楽で、ちょうど良かったように思います。

アトラクションやゲームとしてではなく、対話として良い時間が過ごせました。」

 (K様)

 

 

 

色々なお客様がいらっしゃいます。

リラックスしたいお客様、背中を押して欲しいお客様、自分のことを知りたいお客様。

お客様のお気持ちに合わせて鑑定できたらいいなと思っております。

 

占いは当たる当たらないより、検証していくものなのかもしれません。

先日、友人たちと出かける予定があり、そのことについてタロットで占うと「行けない」と出ました。

途中までは、順調に話が進んでいて、タロット占いが外れることは滅多にないので、その時点では、外れたことについては落ち込んでいました。

その後、メンバーの予定が合わなくなり、どう調整しても行けなくなりました。

やはり時間が経過して、結論が出てから検証するのがいいように思いました。

 

 

 

 

 

 

「はじめての鑑定を終えて

 

 ツイッターで八江様のアカウントを拝見し、重く雄弁な絵画表現に魅かれると同時に、言葉を大切に扱っていらっしゃる、人の心に配慮を欠かさない方とお見受けし、こちらのサイトを訪れたのがきっかけとなり、鑑定をお願いするに至りました。

 占い師の方に占断を依頼する事は私にとって非日常であり、とても勇気が要りましたが、事前のやり取りから話しやすい雰囲気を作って下さり、当日はワクワク、ドキドキしながら臨むことができました。

 Skype を使っての鑑定でしたので、ペンと紙をあらかじめ手元に置いていたのですが、お話に引き込まれ、メモを取ることを忘れてしまうほどでした。

 この体と心で生きてきて、長らく悩みとして抱えてきたものが、八江様の一言で “時満ちるまで味わい尽くせば良いのだ、貴重な学びの期間なのだ” と感じられ、人生は、捉われを解き、楽しみながら、且つ噛みしめ歩むことができるもの、と思え、心が軽くなりました。

 八江様は品が良く穏やかで、それでいて人好きのするチャーミングなお声をお持ちで、巷で言うところの「女子トーク」に相当しそうな内容も、安心して話すことができます。

 電話の向こうに輝く星を見る思いでした。」

(MK様)

 

 

占いは、やはり海王星の世界なのだと思います。

つかみどころのない非日常の世界。

以前購入してずっと着ていなかった黒のベルベットのアオザイを着て鑑定している日があります。この服は、一体いつ着るのだろうと思っていました。

少しでもお客に非日常を味わってもらえたらと思って着ている部分があります。

私は太陽と冥王星がスクエア、太陽と海王星がクインカンクスなので、絵画表現や文章には冥王星や海王星を使っていると思います。この顔は普段は出てきません。

通常は蟹サインの太陽と木星の合が前面に出ているので、ただの人懐こいおばちゃんです。

鑑定が煮詰まってくると、冥王星と海王星が面白い落とし所に連れて行ってくれることがあります。

 

最近は、ビジネスにどう繋げるか、産業、能率とお金儲けのための駒のように時間も精神もどう使うかが溢れていて、ハッと気づくとそういう淵に追いやられ、誰でも能率がいいもの、便利がよい方、楽な方に狩り狩られる立場になっている。そこから逃れ、ゆったり憩い算段しないことも寧ろ自分の芯の養生のため必要なのかもしれません。

 

 

 

少年と水星

出生図は、その人も知らない潜在的可能性を示しています。

鑑定時、アスペクトが急に輝いて見えたりすることがあります。

出生図が本人に何か伝えたくて、うずうずしているようにも見えます。

その方自身もそれが知りたくてきっとここにお見えになったのではないかと思い、それを話すと、大きく頷かれたりなさいます。

若ければ若いほど、自分の星を扱い慣れておらず、なかなか通じないことも多いのかもしれません。

ただ自分で自覚できないだけで、素直に出ている場合も多いです。

出生図は、自分や周りに研磨され、輝き出します。

 

私も含めて、私の周りには生まれた時の太陽が3ハウスにある人物が多く、3ハウスの意味を考えさせられる機会があります。

人とコミュニケーションをとったり教えたりする仕事を皆していて、いつも本を読んだり、文章を書いたりしています。

ハウスのナチュラル・ルーラーである水星をどんどん鍛えてプロ化しています。

ホラリー占星術で考えると、3ハウスはルーチンも指します。

定期的に行き来する場所や人や物、メールやブログなども3ハウスです。

繰り返すことで、強度や深度、柔軟性や幅広さを増していくことができるとも思います。

 

私は、自分の3ハウスの太陽にずっと違和感がありました。

他のアスペクトも関係していますが、太陽と木星の合で、太陽が怠けて、ずっとぼんやりしていたようにも思います。

木星も太陽も意識的に使わないとなかなか本来の能力を発揮しないと感じています。

固定宮に惑星が多いためか、自分から発信することが苦手で、現在ブログを書いているのが不思議でなりません。

しかし、書いています。そして、最近はありがたいことにブログを読まれて、鑑定にお越しになるお客様もいらっしゃいます。

少しずつ、この太陽と木星の意味がわかってきたような気がします。

 

水星といえば、ヘルメース。

ご存知とは思いますが、ヘルメスは代表的なトリックスター。彼は面白い。

朝に生まれて、昼にはゆりかごを抜け出し、赤ちゃんなのに、アポロンの牛50頭を盗み、隠蔽工作をして、ゼウスの前に引き出されてもしれっと嘘をつきます。

そして、自分で拵えた竪琴を奏でて、竪琴を気に入ったアポロンが、竪琴と牛を交換して欲しいと交渉してきて、アポロンとも仲直りします。

とっても、ちゃっかりしていますね。

 

水星に関係するサインやアスペクトが強調されている場合、軽やかな決断や行動が人生を好転させます。

ヘルメルスは若いままです。人の思考パターンや行動様式は、少年少女の頃に出来上がってくるように思います。

基本的なパターンがあり無意識にそれを何度もなぞりながら大人になります。

仕事柄、老人と接する機会が多かったのですが、少年期に没頭したことに、結局人は帰っていくような気がします。

少年期の没頭こそがその人を形作る水星なのではないかと思います。

 

 

ファロス島の灯台

 

 

お酒の適量は難しい。

嗜む程度に飲酒するということを知るには、自分の体がどのくらい飲酒すると、どのように反応するということを知らなくてはならないから、訓練が必要になってくる。

大学生が馴染みのない酒宴の席で、急性アルコール中毒になったという話は、毎年耳にする。

なかには強要されたのではなく、酒量がわからず泥酔することもある。それは、大人でもある。

占星術では、海王星、土星、金星なのだと思う。

楽しければまだいいが、そうは見えない。

 

海王星の衛星プロテウスにある衝突クレーターはファロスという名前がついている。ファロスは現代では灯台と訳される。

海王星にあっての灯台とはなんだろうか。

おそらく海王星を現実に落とし込むイメージの灯火ではないだろうか。

 

ファロスというと、おそらく世界七不思議のファロスの灯台。アレクサンドリアの大灯台を思い出されるだろう。

ファロス島にあるから、ファロスの灯台。細く曲がって突き出た形の島。

形のとおりファロスというのはギリシア語でペニスの意味だが、現代のようにそのものではなく、ファロス信仰を指している。モダンな宗教であるキリスト教や仏教などが魂の救済を謳う前、宗教は愛や繁栄を謳っていた。

 

六芒星やリンガヨニなどは、男女が結合した瞬間をあらわしている。つまり、その状態のエクスタシーが楽園。その産物の子孫が繁栄していくことで、永遠の命を得る。

つまり、これは世界各地に散らばっている男女二神の神話、天地創造の神話でもある。

雌雄の蛇は絡み合って後尾をする。蛇は龍でもある。このイメージは、二神のイメージと強く結びついている。タロットでカップ2にカドゥケウスの杖のようなものが登場するのは然もありなんである。

 

 

家のすぐ近くに修道院があり週末に子供と遊びに行ったりするので、キリストのことを最近は、イエス様と言っている。

 

十代の頃読んだ澁澤龍彦の本に確か、キリスト教はディオニソス信仰や土着の宗教をもとにしていて、これはお酒や農耕の神でもあるから、クリスマスとは、太陽の復活、冬至をあらわしているというようなことが書かれていた。

 

イエス様の誕生日は聖書にはっきりと書かれてはいなかったので、当時根強かったミトラ教の風習などと織り交ぜてキリスト教に取り込む思惑もあり、西暦325年にその時の冬至1225日をイエス様の誕生日としたようです。

 

色々書いてきたけれど、古代人は私たちよりずっと宇宙や幻想、自然やエクスタシーの世界に耽溺していたように思う。

また動植物とも近かった。それは、宗教がそうである以前に彼らはそのような生活をして親近感があった。

占星術はそんな古代人の知の結晶だと日々感じている。

タロットや占星術はやればやるほど、そこに近づくような楽しさがある。

占いは知識が必要だが、古代人における動物的感覚、身体的感覚がそれをさらに面白くする。

 

レヴィ=ストロースの書いたものを引用してみると「野生の思考のもつこの全体把握の大望は科学的思考の手順とはまったく異なるものです。(中略)自分が宇宙を理解できるという幻想、宇宙を理解しているという幻想です。(中略)今日私たちが用いる知的能力の量は過去よりも少ないとも多いとも言えます。それに、まったく同種の能力を用いているわけでもありません。たとえば感覚的知覚の利用は明らかに少なくなっています。『神話論』の初稿執筆中に、非常にふしぎな問題にぶつかりました。真昼間に金星を見ることができる特別な部族があるらしいのです。(中略)西欧文化圏の航海術についての古い本を色々調べて見ました。するとやはり、昔の船乗りたちは真昼間に金星を見る能力を完全に備えていたらしいのです。」

 

昔、澁澤龍彦の本を読むに至った経緯は、当時、自分は変わり者だと自分自身で思っていて、孤独を感じていた。彼の本には変わった実在の人物がたくさん登場して、なんだ自分は物凄く平凡ではないかと、安堵したことがあった。そして、色々読み進むうちに古代人の自由さに触れたような気持ちになったことがあった。それは、とても開放感があり、たくさんドーパミンが出ていたように思う。それから、ダダやシュルレアリスムを知り、それにも開放感を覚えたが、同じような人も多く、刺激を求めて、はまりこむ沼のようにも見えた。

『うたかたの日々』の中にあるようにあまりに傾倒すると滑稽で、身をもち崩す。そして、その愛好家の中で形式ができてくる。それはファッションも一緒で、古着好きは、厳しく年代などを気にしたりする。ファッションというと自由なようだが案外そうではない。流行や容姿も同じで、目に見えるものは権威になりやすい。

 

十代の私が気にしていたのも、こういう見えない鎖のようなものだったのだろう。まったく違う文化や価値観というのは、その見えない鎖を解きほぐす効果がある。

 占いは、古代人の宇宙全体を把握しているという幻想の産物であるかもしれないが、それは実に楽しい幻想で、いくらでも戯れることができる。自動車や飛行機を見ても、人はイメージしたことしか実現できないということがわかる。ここで羽を伸ばしてイメージと遊ぶといいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふくのかみとびんぼ神

 

アメーバブログのスピリチュアル部門だったろうか、そういうもののランキングで一位のブログをちらりと拝読したことがある。

結論としては、艶を大切に。肌も床も艶があるほうがいい。出世する人に共通しているのは肌に艶があることという内容だった。

確かにピカピカ清潔にしていたら気持ちがいい。うまくいっている企業の社長はみな肌に艶があったなと思いをめぐらした。

いつの世も致富出世のための教訓は人に好まれるのだなと思った。

江戸時代の致富出世のベストセラー『長者教』を思い出した。

その中に〈ふくのかみ十人御子〉と〈びんぼ神十人御子〉という項目がある。

江戸時代らしい駄洒落がなかなか面白い。

 

ふくのかみ十人御子

たくわえ太郎、たねもち

あさおき二郎、むねきよ

さんよう三郎、かねます

うちゐの四郎、いゑよし

五じやう五郎、なをます

えしやく六郎、ためよし

ありあひ七郎、むねやす

しんしやく八郎、すゑよし

ものこらへ九郎、しげよし

こゝろだて十郎、すゑたか

 

 

びんぼ神十人御子

だてしの太郎

ぶぎやうぎ二郎太郎

ものずきの三郎二郎

人あつめの四郎三郎

女ばうさり五郎四郎

けいづだて六郎太郎

大火たきの七郎二郎

けん物ごのみの八郎三郎

あぢわいぐち九郎太郎

あつぎしの十郎四郎

 

私は、朝早起きすると「あさおき二郎むねきよだねえ」と家族にいったりします。そうすると良いことができたような気持になって、本当に胸が清らかな気分になるから面白い。

また、よく食べるので「あぢわいぐちの九郎太郎だねえ」も使う。少し楽しい気持ちになりつつも食べすぎを防止できる。

 

致富出世を著した本を実践したからといって皆が幸せになるわけではない。

お金に不自由ない人でも様々な理由で絶望する。しかも、金銭的に恵まれていると絶望に気付きにくい。無気力や嫉妬、攻撃性であらわれたりする。


その人にとっての幸せとはなにかということとお金のバランスは、世の中の価値観が自分の価値観にすり替わっていたりすると、その呪縛から自分を救い出すことから始めないと雁字搦めになってしまう。

 

私は普通の男性より稼いでいる時期があったが、多忙で、しだいに無気力になっていった。

結局のところ、私の場合は、お金が増えても精神的満足は得られなかった。


しばらくして、占星術に出会い読み解くことで、自分がどういう人間なのか理解していき、次第に生きる気力が湧いて、顔つきも変わった。

その人なりのふくのかみ十人御子がいて、びんぼ神十人御子がいるのだと思う


占星術は、時期やお金をどうやったら儲けられるか等もみることはできるけれど、更に進み自分の本質を理解することで 人生に調和をうみだす力があると信じている。

 


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